きらり、きらり。
 陽に煌く。

 きらり、きらり。
 星と瞬く。
 
 ろくに言葉を交わした事もないのに、始まったそれは。
 
 大地に染み込む雨水のように、じわりじわりと侵食してゆくように、広がっていったのだ。


 
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 「―――――――――では、今学期の学級委員長は、君に決まりという事でいいかな?」
 

 
  騒然としたままの教室内。疎らに響く賛成の拍手。いいでーす、と投げやりに発された言葉。
  すう、と短く吸い込み、吐き出した後、その場に立ち上がる。
  名前を呼ばれた少女は教壇の前へと進み、担任の横へ並ぶと、くるりとクラスメイトへ向かって向き直った。
 

 
 「1学期の学級委員長を務めさせて頂きます、です。どうぞ、よろしくお願い致します」


  先ほどと同じ、ぱち、ぱちと疎らな拍手と共に、と呼ばれた少女は自らの席へと戻る。
  ねぇ、と横から肩をつついてきたのは友人の咲だった。


 「がんばってねー学級委員長っ♪」


  人懐こい笑顔と共にそう声をかけられ、は僅かにその整った眉を寄せて言った。


 「何が『がんばってねー♪』なのよっ。勝手に推薦したのは咲でしょ」


  それは昨日の出来事。
  春休みも終わり、泥門高校2年生として始業式に出席した後のHRだった。
  今後の行事や雑務をこなしていくため、とりあえず学級委員長を決めようとの担任からの提案だった


  ―――――のだが。
 

 「まーまーそう言わないで!だって、あのまま誰も候補者出なかったらいつまで経っても帰れなかったじゃない」
 「かと言って人をスケープゴートにするのは辞めて」
 「そんな人聞きのわ〜るい〜。私はなら学級委員長に相応しい人材だなって心の底から♪」
 「どうだか」


  勿論といえば勿論なのかもしれないが、立候補者が出なかったのだ。
  学級委員長といえば聞こえはいいが、実際はクラスの小間使いのような物だと、大半の生徒が感じていた。
  毎月行われる生徒会の会議に出席し、伝達や決定事項があれば率先してクラスをまとめる必要がある。
  何か問題が起これば生徒と生徒、時には教師との間に立つ事も必要かもしれない。
  勉強・部活・アルバイトに恋愛。昨今ますます忙しいハッピーハイスクールライフに余計な面倒事を抱えたくない、
  というのが、大半の生徒たちの本心だったのだろう。半刻を過ぎても立候補者は出ず終い。
  ちょっとお手洗いに…と席を立ったが教室に帰ってきて一番初めに目に入ったものは、黒板に大きく書かれた
  自分の名前と、その隣の「推薦者――浅倉咲」の文字だった。


  小さくため息をつき、もう逃げられないと諦めながらもは言った。


 「大体、本人不在の推薦が認められるっていうなら、そもそも始業式から
  サボってたのがいるじゃない。そっちを推薦すればいいのに」
 「なに言ってんのよー!相手はあの悪魔よっ?!
  そんな自分から地獄の業火に飛び込むようなマネ出来ないって」


  無理無理無理!と語る、咲のあまりの形相に、サボタージュの張本人を思い浮かべ、再び小さくため息をつく。


  蛭魔妖一。
  『蛭魔ってどんな人?』と聞こうものなら、誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。


 「悪魔ねぇ…」
 「はまだ転校してきてそんなに経ってないから知らないだけだってー。クラスも違ってたんでしょ?」
 「そうだけど、噂が一人歩きしてるだけなんじゃないの?脅迫手帳なんて物作って、
  誰かれかまわず弱みを握ってるーなんて」


  もちろん話には聞いている。
  1年の終わり頃に転校してきたばかりだとは言え、学年も同じだった訳だから、廊下で擦れ違った事もある。
  確かに見た目は恐ろしかったように思ったが―――――


 「ほ・ん・と・なんだってばっ!私だって去年あいつに―――――――」
 「あいつに?」
 「―――――――――――――――――――――――いえ、なんでもありませんでございましたよ?」


  何かあった訳ね。
  不自然に引き攣れた笑顔を貼り付け、だらだらと顔中から何汗かもわからないような滝を作る咲を見ながら、
  は3度目のため息をついた。
 

 「えー、というわけで
 「はい」


  何やら今学期の豊富やら目標やら心構えやらを懇々と語っていた担任に名前を呼ばれ、視線を前へと戻す。


 「後は委員長に任せるから、今日は新しい席順を決めたら解散してくれ」
 「・・・わかりました」


  早速初仕事。癖になりそうな溜息をつきながら、は廊下へと向かった担任と入れ替わるように教壇へと向かった。




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  席順は、あっという間に決まった。
  他の生徒たちは、1年も一緒にいれば大体のグループが出来上がっており、それらが各々出してきた希望にそって
  順次割り振っていくだけで済んだからだ。
 


  が。



 「どうして私がこんな後ろの席になるのかな?ん?浅倉咲さん?」


  席順を書き込んだ紙を机に広げ、トントンとシャープペンシルで自分の名前を指しながらは尋ねた。


 「それは、学級委員長に決まった瞬間からの、運命と書いて定めですっ!」
 「そんな運命あるかっ!」


  納得いかない。
  はもう一度席順を確認しながら一人ごちた。
  教壇から一番離れた最後部。その窓側から2つ目の欄に、自分の名前はあった。
  そしてその左隣。


 「どうしてここに当たり前のようにこの名前があるのかな?ん?浅倉咲さん?」


  そこには『蛭魔』の文字。
  結局本人は最後まで現れる事もなかったが、定位置のように初めからそこにおさまっていた。


 「それは、神と悪魔の契約によってあらかじめ決められていた宇宙の真理だからですっ!」
 「そんなトンデモ話が通用するかっ!」


  納得いかない。
  が、こう他の生徒の席までしっかり決まってしまった後では、今更どこかと変更するのも難しいだろう。
  もはや持病のようになり始めた溜息をつく。


 「でも蛭魔君、1年の時もずっとココだったんだよ。もうなんてゆーか無言の圧力っていうか、
  2学期にはもう自然とそこが定位置になってたから」
 「それはいいけど、どうしてその隣が私なわけ」
 「それは――――――――――――――」


  あはは、と乾いた笑いを浮かべつつ咲が言った。


 「イケニエ?」
 「・・・・・・・・」


  咲曰く、『あの』蛭魔の隣の席になりたい、なんて勇者もそういる訳がなく、自然と委員長がそこへ
  落ち着かざるをえない状況になるらしい。
  ある意味、咲が最初に言った『学級委員長の運命』というのも、あながち間違った表現ではないようだ。


  明日からの事を考えて、は気が遠くなるような錯覚を覚えた。
  初日からこれでは―――――――先が思いやられる。


 「じゃ、これ担任トコ出しに行って帰ろーよっ。明日から楽しみだねー♪」


  そうね、と短く答え、は椅子から立ち上がり、ふと左へと視線を落とす。
  まだ空っぽの机。そこに座る人物の事を思い浮かべ―――――――ひとつ、溜息をついた。
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