「失礼します―――――」



少し広めの室内に、雑多に並べられた簡素な机と椅子。

中央よりやや右寄りに置かれたグランドピアノ。

人影はなく、ただ響き続けるBGMのクラシック音楽だけが、この時間と空間を支配しているかにも見えた。



部屋を間違えたか。



部屋に入りかけていた上半身をひねり、鳴上悠はやや背後に見える教室名を確認する。

第2音楽室。

どうやら吹奏楽部の練習場所はここではないらしい。

今日は4月25日。文化部の部員募集が始まった日だ。

演劇部と吹奏楽部。どちらも自分には馴染みのない世界。

とにかく見学を、と廊下で適当な生徒を捕まえて場所を聞いたのだが、どうやら間違っていたようだ。



軽く溜息をつき、目的の部屋を探し直そうと踵を返した瞬間、音が止まった。



「あ、ごめんなさい、誰か来たの?」


反射的に部屋の中へと向き直る。

ガタン、と椅子が引かれる音と共に、グランドピアノの立てられた譜面台の向こうから人影が現れた。

窓を背にしてこちらを見るその少女は、夕暮れの薄橙の光に照らされ、輪郭がぼやけている。

逆光で少し暗く見えたその姿が、逆にその存在感を強く浮き出させていた。




「吹奏楽部の見学をしに来たんだけど・・・ここは、違うよね」

「うん、違う。ここは第2音楽室なの。吹奏楽部は」

あっちだよ。

そう言って少女は、教室の扉の前に立つ悠の腕の上からひょい、と上半身を外へと覗かせ、指差して見せた。



第1音楽室。



少女が指差した先、一部屋挟んで向こう側の表札には、確かにそう書いてあった。



「こっちは、合唱部の部室なの。っていっても、今日は活動日じゃないんだけど」

「じゃあ、さっきのピアノは」

「あー、あれは私。活動日じゃない時は、時々弾かせてもらってるの」




悠の腕の上を乗り越えていた上半身を教室の中へと戻し、えへへ、と少女が笑う。

てっきりCDか何かかと思っていたそれは、目の前の少女が紡ぎ出した物だったらしい。

少なからず驚愕した悠は、素直な感想を述べた。




「すごいね。音楽に詳しい訳じゃないけど、とても素敵なピアノだった」

「ええっ?やだ、もー。照れるからやめてよ」



先程と同じ笑みに照れの表情も乗せて少女が笑う。



「あれ、そういえば、同じ2年生だよね?」



少女は、悠の制服の首元に光る学年章に気づいたらしい。自分の首下を指差しながら尋ねてくる。



「そう、って君も2年生?」



同じ、と尋ねられたのだからそうに決まっているのだが、少し幼く見える印象につい聞き返してしまう。



「そうだよー。2年1組。っていうの。貴方は?」

「鳴上悠。2年2組。4月に引っ越してきたばかりだけどね」

「あー。貴方があの『落ち武者さん』だったんだ」



くすくす、と小さく笑いを堪えるような仕草を見せるに、悠は不思議な顔をする。



「『落ち武者さん』って?」

「ほら、転校初日だよ。モロキンせんせの紹介に、『誰が落ち武者だ』って歯向かったって」



隣のクラスまで有名だよ?と笑いを湛えながら少女は続けた。


「そんな事もあったかな」

「モロキンせんせ、怒らせるとメンドウだから。あんまり、皆反抗しないの」


気をつけてね、と続けるに、悠は頷いて返す。


「メンドウなのは御免だな」

「でしょ。あーでも、嬉しいな」

「何が?」

「鳴上君と、お話出来て」



気になってたんだ。どんな人なんだろうって。


そうストレートに告げる少女の瞳は、変わらず暖かい色を漂わせていた。



「あのモロキンに初日から啖呵切る転校生だもん。どんな人なんだろうって」

「そんな大した人間じゃないよ」

「またまたご謙遜をー。・・・あ、そろそろ吹奏楽部の人達集まって来てるみたい」


そうに言われてもう一度第1音楽室へと視線をうつすと、確かに数人集まって来ているらしい。




「ね、また遊びに来てくれる?」


不意にぽつりと零れた言葉が、ほんの少し切なさを帯びていたような気がした。


「ここへ?」

「うん、そう。ここへ」

「いいけど、部活は?」

「活動日、不定期なの。部活じゃない日も、大体ここでピアノ弾いてるしね」


先程と同じ柔らかい笑み。だが、やはりどこか淋しげに見える表情に、悠は言葉を続ける。


「わかった。また話そう」

「うん。…待ってる。あ、ほら、始まったよ」


行って行って、とばかりに手を振るに押し出されるように、悠は第2音楽室を後にした。




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Musicaというのは「音楽」という意味。
(仮)なのは…すいません、タイトル考える前に書き始めちゃったので未定なのです。
なのでとりあえず(仮)で。なんという行き当たりばったりぶり…。

ヒロインちゃん像は私の中では固まってきているのですが、この話の中だけでは
まだ全くわからないままですね;前置きが長いんだよ!私の書く話は!!

とりあえず、主人公とヒロインのご対面〜仲間になるまで、位を予定してます。
その後は未定。…全部未定じゃないかよっ!

2011/10/11