<<5月30日、月曜、曇り>>


翌日、週が明けた校内は、昨夜の新番組の話題で持ち切りになっていた。
。隠れた若き名ピアニスト。
地元の隠れた才能溢れる若者を発掘し、世に出して行こうという最近流行の類の番組だったが、
取り上げられたのが自分達と同級生となれば、話は別だった。


『なぁ、昨日の番組見た?』
『あぁ、見た見た。…だっけ?あんなすげー奴、うちのガッコにいたんだ』
『あんま目立たない子だったのにねー』
『あ、でも私こんな話聞いた事あるよ…』


才能は憧れを生み、同時に妬みも生む。
噂は噂を呼び、それはまるで生き物のように肥大し、広がっていく。
真実か嘘かなんて、そんな事は大事ではなかった。
溢れる水のように伝わっていくその中には、昨日一条から聞かされた話も混じっていた。


『都会の高校、暴行事件起こして退学んなったって、マジ?』
『さぁー。でも、ああいう大人しそうなヤツに限って、キレたら怖えーって言うじゃん』


クラスメイト達の会話の切れ端に混ざる、不穏な単語。
暴行事件。改めて彼女のイメージとあまりにも結びつかない言葉だ。
本人の知らない所で広がっていく憶測に、悠はどこか落ち着かないような、もやもやとした
物を胸の中に感じていた。


「うーっす」


引き戸の音と共に、聞きなれた声が前方から響いた。


「よう、相棒。…どした?なんか怖い顔して」
「…いや、何でもない」


思わず不快さが表に出ていた事を恥じるように、悠はいつもの冷静な表情に戻る。
普段の彼には珍しい顔に、陽介は多少訝しむ様子だったが、すぐに自身の机へと荷物を下ろし、
明るい様子で話しかけてきた。


「昨日、テレビ見たか?」
「え?」
「テレビだよテ・レ・ビ。うちのガッコの奴、映ってたじゃん」
「おっはよー。なになに、何の話?」


と、同時に千枝も教室へと現れ、会話へ加わる。


「里中も見た?昨日の夜の特番」
「あー、見た見た!あれって、1組のさんだよね」
「そーそー!すごかったよなぁピアノ。俺、クラシックとかよくわかんねーけど、感動したぜ」
「コメント軽っ。そして薄っ!でも、確かに上手だったよねー」
「だろ?しかもすんげー可愛いし。あんな子がうちにいたなんて、驚きだよな」


あーもう、お友達になりてー!といつもより高いテンションではしゃぐ陽介に、
呆れたような視線を送っていた千枝が、思い出したように悠に話を振る。


「でも、鳴上君はさんとお友達なんだよね?」
「えぇっ!?マジかよ相棒!抜け駆けなんてヒキョーだぞ」
「いや…そんなんじゃないし」


いきり立つ陽介に、悠はこれまでの経緯を簡単に説明した。
日曜日の出来事、一条から聞いた話も交えて。


「暴行事件…そんな風には見えなかったけどなぁ」
「どうせただの噂だって!私もさんの事そんな風には思えないもん」


昨日と同じようなやり取りに、悠は静かに頷いて同意する。
ふと何かを思い出したたような顔で、続けてこう言った。


「昼休みにでも、様子見にいってくる」
「そうだねー。昨日のテレビのせいで、余計に噂んなっちゃってるしね」
「仲良くなったら、俺らにも紹介しろよな」
「アンタはただ可愛い女の子と知り合いになりたいだけでしょーが」


軽口を叩き合う2人。
始業を知らせるベルがスピーカーから響き渡り、俄かに生徒達が席に着き始める。
教科書を脇に教室へ入ってきた教師の言葉も、今の悠にはほとんど届いていなかった。
今はただ、の様子を確かめる事だけが、彼の思考を支配していた。















4時間目も終わりを告げ、昼休みへと入った教室内は、購買へ向かう者、仲の良い者同士
席を寄せ合って弁当を広げる者と、動き出した生徒達で騒然としていた。
他の生徒と同じように、各々昼ごはんを広げる千枝達をよそに、悠は席を立った。
行き先は決まっていた。2年1組。
これまでにも数度あったか、と昼を共にする時は、決まって悠の方から申し出ていた。
ちょうど教室を出ようとするに、悠が声をかけるのがいつもの2人のパターンだった。
彼女が他へ移動してしまう前に、教室へ行かなければ。
悠はいつものように自作した弁当を手にしながら、隣の教室へと足早に向かう。
自分の弁当箱と、同じ物で包んだ、お揃いの弁当箱の2つを重ねて。


2−1の扉を開けると、そこは自分の教室と同じような騒がしさで溢れていた。
素早く室内へ目をやる。が、目当ての人物の姿を見つける事は出来ない。


「お、鳴上じゃん。どうした?」


声をかけてきたのは一条だった。
どうやら購買へ行く所だったらしく、財布を片手に悠の立つ教室出口へと近付いてくる一条に、
悠は目的を告げた。


、いる?」
「ん?さん?さっき帰ったぜ?」


意外な返答に驚きを隠せない様子の悠に、一条はこう続ける。


「昨日のテレビ見た奴らが色々聞きたかったらしくて、話してたんだけどさ。
 今日は元々、レッスンがあるからって昼で早退するって事になってたみたいだぜ」
「そうだったんだ」
「お前も見たの?テレビ」
「ああ」
「すっげーよなぁ。同じ高校生だぜ?ああやってもう自分の道見つけててさ」


しきりに感心する様子の一条に、悠は続けて質問する。


「様子、どうだった?」
さんの?…んー、昨日までと今日の、周りの反応の違いにちょっと面食らってるつーか。
 でも、そんな変な様子はなかったと思うけどな」
「そうか…それなら良いんだけど」


これまであまりクラスメイトに話しかけられるということもなかったのだろう。
周りからも、自分からも距離を置いていた教室の雰囲気が、一夜にして変わってしまえば、
誰だってそのギャップに最初は驚く。
おかしい様子はなかった、という事は、とりあえず今の段階では、あの噂によって彼女が
苦しんでいるということもない、という事か。
とりあえず胸をなでおろし、悠は教室を後にしようと踵を返す。


「なぁ、それもしかしてさんの分?」


一条が指摘したそれは、悠の手の中の弁当箱だった。
自分の分と、の分。
いつもは自分の分をに分けていたが、今日は様子を見に行くという口実に、
彼女の分も作って持ってきていたのだが。


「あぁ。でも、休みじゃ仕方ないな」
「余ってんだったら、俺食べる!」
「いいけど、後で箱返せよ」
「もちろん!恩に着ます鳴上様っ!」


嬉しそうに、弁当箱の1つを受け取って教室内へと引き返していく一条を見やり、
悠は今度こそ踵を返した。
直接会って様子を伺えなかった事が原因なのか、それともこれは何かの胸騒ぎか。
心の中に残る霧を感じながら、悠は教室を後にした。



::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::



一条のキャラ付けが今いちまだ掴めていません…。
イメージ壊しちゃってたらすみません orz


2011/11/04